立松和平さんの思い出
作家の立松和平氏が逝去された。
62歳だった。
ぼくは、氏が39歳のとき、
電話インタビューを試みたことがある。
当時、朝日新聞広告局と阪急百貨店が
合同で制作していたタブロイド版の
折り込み広告「阪急実感劇場」の取材だった。
上段の5分の4くらいが阪急の商品紹介で、
下段に著名人のインタビュー記事が
入るのが常であった。
ぼくが勤務していた
編集プロダクションでは、
その下段の記事と
デザインを担当していたのだ
(朝日の担当者はOさんといい、
この方も早世された)。
立松さんは久米宏さんが司会をされていた
「ニュースステーション」内で
自分のコーナーを持っていらっしゃり、
宇都宮弁丸出しの朴訥とした
しゃべりが人気だった。
受話器の向こうから聞こえてくる
立松さんの声には、
土の香りのような素朴さと
実直さがあった。
その取材は、
お歳暮についてであったのだが、
立松さんは「お米を送る」と
こちらが期待した通りの
話をしてくださった。
ひと通り話が終わったあと、
「いやぁ、電話インタビューは
初めて受けましたが、
意外としゃべれるものですね」
と笑ってくださった。
当時26歳のぼくに対しても敬語で
丁寧な応対をしてくださったことが
印象に残っている。
今ごろはあの世で、
先に逝った
藤原審爾さんや色川武大さん、
開高健さん、中上健次さんらと、
酒宴の真っただ中ではなかろうか。
合掌。







































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