阿頼耶順宏先生

2010年2月 2日 (火)

最近のシンクロ

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1週間ほど前のブログで、

愛媛のベリーホームさんから

プレゼントしていただいた

「ハウスメーカーと官僚がダメにした日本の住宅」

という本について紹介しました。

http://woochannel.blog.eonet.jp/miyamiya/2010/01/post-8e01.html

で、今日送られてきた「にんげんクラブ」

2月号の中に、

著者の澤田升男さんが顧問を務める

住環境想造研究会さんの

バス見学ツアーのチラシが入っていました。

もちろん本の紹介も。

シンクロが頻出しているときは、

人生がうまく流れているそうです。

先日もテレビを見ていましたら、

ブロガー仲間のかもにぃさんが

よく紹介している

今治の「まるごとみかん大福」

が取り上げられていました。

http://blogs.yahoo.co.jp/shin_avg363/folder/931330.html?m=lc&p=8

で、次に紹介されたのが

当社に近い大阪天満宮内の

「すべらんうどん」。

なんだか楽しい毎日です^^

そうそう、今日、取材で訪れたそばやさんで

後藤正治さんの「スカウト」を見つけました。

自由にお持ち帰りください、

と貼り紙がしてあったのでもらってきました。

広島や横浜、オリックスなどで

プロ野球のスカウトを務めた

木庭教(きにわさとし)さんについて

書かれたノンフィクションです。

木庭さんは広島ー巨人で

活躍された川口和久氏(当社に近いデュプロの出身)や

長嶋清幸氏(広島、中日、阪神など)、

金城基泰氏(1974年広島で最多勝を獲得)などを

スカウトした具眼の士です。

現在、阪神にいる能見投手も

鳥取城北高校時代(川口氏も同校出身)に

見に来られていました。

話は変わりますが、

大学時代の恩師である

阿頼耶順宏先生が、

好んで書かれる言葉に、

「あせらず、あきらめず、あてにせず」

があります。

馬齢を重ねるに従い、

人生におけるこの言葉の重みを

実感しています。

2009年12月22日 (火)

母校なくして人生は語れない

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写真は新築なったわが母校

追手門(おうてもん)学院大学の1号館。

現在、来年に向けての

仕事が進行中であり、

その打合せで訪れた際に撮影した。

同館は事務棟となっていて、

1階に学生課などが入っている。

友人Nこと野出も

偉大な先輩の

O氏もA氏も

ここで勤務されている。

ぼくが勤めるデザイン会社の

現社長である西川さんは、

追手門学院大学のマスコミ研究会で2年先輩。

ぼくが大卒後に勤めた会社を辞めた後、

西川さんの世話で

週刊誌の編集部にもぐり込み、

今につながる仕事を見つけた。

現在のデザイン会社にも、

西川さんと同僚の池田さんの

お骨折りで入れていただいた。

このように、

ぼくの人生は、

母校抜きには語れない。

Photo

写真は先日、阪急電社内で見つけた

追手門学院大学のポスター。

コピーにもあるように、

尊敬する人生の恩師も

追手門学院大学にいらっしゃった。

阿頼耶順宏先生である。

阿頼耶先生の師は

中国文学者で

博識をもって知られた

吉川幸次郎先生。

ぼくごとき頭脳の持ち主が、

京都学派の伝統を受け継ぐ師と出会うとは

何たる幸運! ビバ! 追手門!!

先生には、

とにかく本を読みなさいと教わった。

細々とではあるが、

その教えには従っている。

26年以上、文章を書くことで

糊口を凌いでいられるのも

師の教えの賜物だろう。

ありがたいことです。

2008年11月 7日 (金)

わが師のワクワク光線

あれは、大学3回生の講義のときだった。

講義名は『中国現代文学特講』。

教壇には阿頼耶順宏(あらやじゅんこう)教授(現名誉教授)。

後期最後の授業は、やや早目に終了が告げられ、

先生は学生の顔を見渡しながら、ゆっくりと口を開かれた。

「大学時代は、人生の休みを前借りしているようなものです。

これから社会に出たら、なかなか休めませんし、

様々な困難も待ち受けているでしょう。

でも、絶対に、自殺だけはしないでください。

いくら困っても悩んでも、それだけは止めてください。

少しくらいならお金も貸しますから、その時は連絡してきてください」

4回生も出席していて、

阿頼耶先生とはこれでお別れという者も少なくなかった。

私たち東洋文化学科中国文化学科コースの学生は、

入学した頃から先生に中国語を習っていた。

先生はいつも、ラジカセを下げて教室に入って来られ、

まず「アーッ、アァー、アーァ、アー」と弾むような声で四声を発音された。

そのあとを学生が続く。

そして、教科書を見ながらテープで発音を聞き、復唱する。

先生の体からは、教えることが楽しくて楽しくて仕方がな

い、というエネルギーが出ているようで、

私たちは感化されるのであった。

授業が終わってすぐは、友人同士

「俺ら、もっと中国語勉強せなアカンな」と反省するのだ。

だが、一日の最後の講義が終わる頃には、そんな気持ちもどこへやら。

パチンコやマージャンに現を抜かすのが常であった。

先の話に感動した私は、4回生では先生のゼミに入ろうと考えた。

先生は現代中国作家がご専門だったが、

岩波の中国詩人選集で愛読していたため、

盛唐の詩人李白を選び担当していただくことにした。

当時から粗忽者の私は、

卒論のタイトルを出すとき『李白』と書くべきところを

『季白』と書いて提出してしまった。

先生はゼミ生の前で

「三宅君は李白の李を季節の季と書いて提出してきました」

と言われたあと、

「やる気が希薄でないことを期待しましょう」と絶妙のオチで

ゼミ生の笑いを取られたのである。

「とにかく本を読みなさい」と顔を合わすたびに声をかけられた。

卒論の評価ポイントは、参考文献の数を見る、と公言されていた。

懇意にしている書店に対して「中国と名のつく本は、すべて持ってきてください」

と依頼されていた先生ならではの助言だったように思う。

先生が師事されたのは、中国文学の碩学吉川幸次郎先生。

阿頼耶先生は京都大学卒業後、高校の先生を経て追手門学院大学の

教授となられたそうだ。京大でも教鞭を執っていらっしゃった時期があり、

専任に、との誘いもあったが「先に声をかけてくれたから」と追大を選ばれたと聞く。

今年で大学を卒業して25年になる。

その間、曲がりなりにも書くことを生活の糧としてきた。

幸いにも、先生に借金することもなく、毎日、機嫌よく暮らしている。

これも、追大時代の4年間、

先生の体から照射されるワクワク光線を浴び続けたお蔭だろう。

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