
母校の新入生に配る
「CLUB BOOK」が
このほど完成しました。
大学生活を充実したものにし
就職を有利に展開し(表沙汰にはしていません)
将来に渡って付き合える友人を作るため
「クラブに入ろう!」がコンセプトです。
盟友のM氏が
ディレクションおよびデザインを担当し
ぼくはインタビューページ(写真参照)や
クラブ情報ページのコピーを担当しました
(二人で組んで様々な仕事をしています)。
今年で4年目。
年々、バージョンアップしています!
【広告コーナー】
大学・高校・会社案内および
パンフレット類全般の制作は
「三宅編集事務所」まで。
連絡は下記からどうぞ。
●学生時代、同じクラブで
1年先輩だった方から
ブログにコメントが届いたこと。
その方は2年で辞められたため
1年もいっしょに活動していないのですが、
男子高校の野球部出身の人間には
女子の先輩方は
まばゆく輝いて見えました。
●同じく、大学時代の同級生と
30数年ぶりに連絡が取れたこと。
昨日のこと
母校から学友会会報が送られてきたのですが
その中に、同級生のO氏が掲載されていました。
彼は在学中、
ESS(English Speaking Society=英会話クラブ)に
所属していて、清潔感あふれる好青年でした。
社会人になっても
連絡を取ろうとしたことがあったのですが
まだ時機にかなっていなかったようで
会うことができませんでした。
でも、どこかで気になる存在でした。
会報によると
プラスチック加工会社である
ミノル化学工業株式会社の
代表取締役になっていました。
すぐにメールを送り
facebookでもつながりました。
ワクワクします!
軟式野球の試合後、
撮影しました。
前列右端が小生。
わざわざ靴(ナイキのル・ビラージュ)を見せて
撮影しているところに若さを感じます。
その左、K川。
東大阪で靴屋を営んでいましたが
現在、連絡取れず。
中列、右からO野、K井、U橋、A立、
ユニフォームの写真の中に、
高校時代野球部だった人間が4人。
マス研のメンバーが5人。
チーム名はアウトサイダース。
なかなか強いチームでした。
前列右端でバットを構えて
ポーズをとっているA山は
鳥取の由良育英高校で
エースで4番。
練習試合の対浪商戦で
ドカベン香川にホームランを打たれ
牛島からタイムリーヒットを打った男です。
チーム全員が、
追手門学院大学の学生でした。
今月中に
あと数回来ることになりそうです。
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高校を卒業し
茨木市にある追手門学院大学に入学。
20歳から25歳にかけて
同市に住んでいました。
その後、大手印刷会社に勤務する
元同僚から声をかけてもらい
母校のパンフレットの制作を担当しました。
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数年前から、大学さんに
直接声をかけていただき
友人でデザイナーのM氏と共に
別の印刷物を担当させていただいています。
一昨年、昨年と茨木市で配布する
情報誌の取材で5.6回
さまざまな町内を巡りました。
======================
きのうMBS(毎日放送)の
『魔法のレストラン』という
番組を見ていました。
お笑いコンビのTKOと
安田美沙子さん、
それに中村玉緒さんが
阪急茨木市駅の近くのお店で
お好み焼きを食べるシーンが
放映されていました。
阪急茨木市に行ったそのに
阪急茨木市が映しだされる
どんな必然があるのでしょう。
プールに向かう途中にある
阿倍野王子神社の碑。
大阪府下で王子(熊野神社の末社)は
ここだけ。
スポーツニッポン紙と
図書の返却を促す催促状(昨年来たもの)に
11月20日の日付が出現。
http://woochannel.blog.eonet.jp/miyamiya/2011/12/post-bd5e.html
http://woochannel.blog.eonet.jp/miyamiya/2011/12/post-2583.html
また、本日昼のNHKニュース(全国版)で
西宮戎神社の福男選びが
放映されていたが、
一番福を取った男性の顔に
見覚えがあった。
昨年、インタビューした
成美大学(京都府福知山市)の学生さんだった。
遅きに失した感があるが、
追手門学院大学アメリカンフットボール部の
コーチを務める高橋睦巳氏(一昨年取材)が
現役選手として所属するオービックシーガルズが
正月のライスボウルで2年連続優勝。
なんだかご縁のある人や学校に
福が来ている。
今年も春から縁起がいい!?
きのうの関西学生アメリカンフットボール
立命館大学対関西学院大学のゲームは、
全勝チーム同士による優勝決定戦だったが、
関学が先にペースをつかむと
立命が焦ってしまい
実力以上の点差がついてしまった。
関学はここ何年間か立命に
苦渋を飲まされていたから
ようやく敵を討った感が強い
(甲子園ボウルからは4期遠ざかっている)。
関学QB畑の談話によると、
全体練習の2時間以上前にグランドに出て、
レシーバー陣にパスを投げていたそうだ。
その効果が出たのが第2クオーター。
畑のパスを
WR和田が右手を伸ばしキャッチすると、
そのまま50ヤード以上駈け抜けタッチダウン!
久し振りに見るビッグプレーだった。
あのワンプレーを見るだけでも
スタジアムへ行った価値があった。
この後、関学は中京大学と
甲子園ボウル出場をかけて戦う。
長居スタジアムへ行った時は恒例になっている
持ち込みのできるカラオケ店へ。
最初にカップラーメンなどで腹ごしらえをして
近況を語り合った後は、
各人、日ごろのストレス(?)を
発散するかのように
力を込めて歌ったのであった。
当ブログをご覧の皆様に、
今週も良き出来事が
満天の星の如く降り注ぎますように。
母校・追手門学院大学の学祭および
ホームカミング・デーに出席してきました。
雨天でも利用可能な新舞台で
パフォーマンスを繰り広げる
ダンスユニットや
ライブハウスで日頃の
練習成果を発表する
音楽局グループ、
そのほか、ギター喫茶や
書道部・美術部の展示などを見て回りました。
(Photo by Yoko Node)
初代学長・天野利武先生の
顕彰碑の前で。
誰がたむけたか
花束が供えてありました。
写真ではわかりにくいですが
胸像の下にある文字は
1期生で芥川賞作家にして
母校の誇りである
宮本輝氏によるものです。
印刷されたものをアップで。
丘を駆けた
同級生のN、I、H(左から)。
マスコミ研究会の同期です
(食堂で行われたホームカミング・デーにて)。
それ以外にも
懐かしい同期の美熟女(?)たちともお会いし、
その後、現役部員やOBたちといっしょに、
阪急茨木市駅近くの居酒屋で食事をしました。
新しい展開も生まれそうで
ちょっとワクワクしています。
マス研の現役・OBの皆さん、
並びに校友会幹事の皆さん
よろしくお願いします。
忘れていました。
昨日行われた大阪マラソンで
長池幼稚園おやじネットワークの
おやじランナー7人が全員完走(@_@)
おめでとうございます。
素直にスゴイです。
これが最後の講演、
と宣言された船井先生ですが
今年の全国大会でも登壇され
聴衆のガイド(守護霊)に対して
エゴや反社会的行為など
良からぬ思いは排除してくださいと
気合もろとも依頼されました。
http://www.funaiyukio.com/funa_ima/index.asp?dno=201109001
今年の全国大会は
すでにスケジュールが入っていて
不参加だったのですが、
先生の講演だけは
確認しておかなければなるまいと思い
DVDを予約しました
(このブログはそのDVDを見てから書いています)。
さて、学校法人追手門学院に
勤務する友人のNから連絡があり、
昨日、阪神のマートン選手が
大学で講演をしたそうです。
敬虔なクリスチャンとして知られる同選手。
かつてヤクルトでホームランキングに
輝いたドゥエイン・ホージーと同じ
布教派プレーヤー
(自分が活躍できたのは“神様のお蔭”と
公言して憚らない選手を指す)です。
元大リーガーであっても
信仰の力でプライドを
抑えることができるため、
クリスチャンの選手は
積極的に日本野球に溶け込もうと努力し
結果を残す傾向にあります。
マートン選手の成功で、今後、
各球団が獲得を目指す外国人選手には
「熱心なクリスチャンであること」の
一項目が設けられたとか
設けられなかったとか。
それはそうとマートン選手、
大リーグからオファーが来ているようで
来季の去就は微妙です。
以前のブログにも、
ら列した記憶がありますが、
自分自身がぶれないためにも、
忘れないためにも
ワクワクすることを書き留めます。
●インタビューや取材、コピー、原稿、企画
を通じて人類の霊性アップに貢献すること
(これは自分の“志”でもあります)。
●印刷物の制作をすること。
●『ザ・フナイ』等で紹介されている本を読むこと。
●母校(学校法人成美学園、学校法人追手門学院)
に関する仕事をすること。
●母校が発展するために協力すること。
●高校野球、
とくに福知山成美高校野球部の試合を観戦したり、
野球部に対して協力すること。
●甲子園で球児にノックをすること。
●当家の子どもたちがお世話になった
長池幼稚園の発展に協力すること。
●スポーツに関する原稿を書くこと。
●日本や世界を旅行すること。
●旅行記や探訪記を書くこと。
●熊野古道を歩くこと。
●熊野古道に関する文章を書くこと。
●沖縄本島、石垣島、西表島、宮古島に行き、
古酒を飲んだり、ゴーヤやラフテー、
ソーキそばを食べること。
また、同エリアに関する記事を書くこと。
●イタリアに行き、現地のワインを飲み比べること。
●イタリア・アッシジで
聖フランチェスコの足跡に触れること。
●その間のルポを書くこと。
●芹沢光治良先生に関する文章を書くこと。
●友人や家族・親戚と飲食すること。
●友人や家族と歌を歌うこと。
●アジア大陸を飛行機で横断し
機内から満天の星を眺めること。
●ジョン・レノンが歌う
『スタンド・バイ・ミー』を聞くこと。
●『スタンド・バイ・ミー』の
イメージビデオを創ること。
●水中ウォーキングをしたり、
フリップターンを交えたクロールで泳ぐこと。
●カブトムシやクワガタを獲ること。
●天然のオオクワガタを獲ること。
●潮干狩りをすること。
●自分で獲った貝を肴に酒を飲むこと。
●ドイツのビール祭りに行くこと。
●仕事内容に応じた褒美を頂くこと。
●友人を増やすこと。
●ある人物に対して、
見えない(神の)力がいかに働いたかを
文章で明らかにすること。
●アカシック・レコードに
アクセスできるようになること。
●家族と共に大型宇宙船に乗り、
異星の同胞たちと友情を深める
旅に出ること。
●その間の旅行記を書くこと。
皆さまのご理解、
ご協力をよろしくお願いします。
地上デジタル放送になってから、
自宅で仕事をしているぼくは
大リーグ放送をつけていることが多い。
今日も、マリナーズ対アスレチックス戦が
放映されていた。
解説は佐野慈紀さんだった。
佐野さんは愛媛県松山市の出身。
松山商業時代、
水口栄二氏(現オリックス打撃コーチ)らと
甲子園に出場されている。
また、この春には
追手門学院大学で投手コーチを
務められた。
オリックスといえば
福知山成美出身の
横山君が在籍しているし
数年前、京阪電車でオリックスの
正田コーチと遭遇したことがある。
先ほどNHKテレビで
「歴史秘話ヒストリア」(プリンス聖徳太子)
という番組の再放送を見ていた。
コムス時代、いっしょに仕事をした
四天王寺の方が
勧学部長となり出演していた。
エンディング部で
聖徳太子が若い頃に来たという
松山の道後温泉で残したという言葉が
使われていた。
無尽蔵にあふれ出る
お湯や陽の光のように
すべての人に
温かい政治を行えば
この世は天国となるだろう、
といった内容だった。
ちなみにこの番組の放送回数は
福知山成美(商業)高校が
夏春の甲子園に初出場した時と同じ
第81回だった。
忘れるところでした。
今朝、愛媛の今治で
活躍されている
しおみ~~まんこと
塩見憲二さんから
コメントをいただいた。
ぼくたちが現役球児の頃、
東山高校に檜山という投手がいた。
なかなか力のある球を投げ、
練習試合も含めて連敗だった
(Wヘッターの第一試合、
1年だけの試合では勝った)。
阪神の桧山選手とどういう関係なのか、
あるいはまったく関係ないのか、
昔から気になっている。
ブログの読者の方で
ご存知の方は教えていただきたい。
さて、本日行われた
全国高校野球選手権大会京都府大会で
龍谷大平安対東山の試合が行われたのだが、
6回表に降雨のためノーゲームとなった。
http://sports.wakasa.jp/highschool/game/902/
あわやコールドゲームからノーゲーム。
東山は時々、何かが憑いているいるとしか思えないように
勝ち進む時がある。
2002年に優勝した時がそうだ。
6試合中4試合が逆転勝ち。
驚異の粘りは、
今も京都府高校野球ファンの間で語り草だ。
この年、福知山成美高校は
山本、横山(オリックス)、大原(ヤクルト-ハンファイーグルス)らを
擁して準々決勝で平安にコールド勝ち。
甲子園間違いなしと言われたが、
次の試合で東山に足元をすくわれた。
あれほど残念だった年はない。
さて、再試合はどうなるか。
個人的にちょっと楽しみにしている。
写真は追手門学院大学9期の
藤尾政弘さん。
実業界で活躍されている
代表的なOBだ。
きのう太陽ケ丘球場で
行われた京都府予選の2回戦で
福知山成美が
向陽相手に4対0で勝利した。
一発勝負のため
普段通りの力を出すことは
難しいのだが、
なんとか初戦を乗り切った。
次の対戦校日星は
京都府北部ではトップクラスの実力校。
簡単には勝たせてもらえないだろう。
総勢140人の部員から選ばれた20人の選手たちが
スタンドの選手の分も頑張るのだとの意気込みで
戦ってもらいたい。
さて、母校に勤める
友人Nから雑誌がとどいた。
日本経済新聞出版局と
追手門学院がコラボして
作ったものらしい。
巻頭インタビューでは
わかさ生活創業オーナーの
角谷社長が取り上げられていた。
学生がインタビュアーを務めたそうだ。
やるなぁ。
追手門学院大学ついでにもう一題。
こちらもM氏や
大学の職員の方といっしょに
制作した「CLUB BOOK」最新版。
今年は、表紙のモデルをつとめてくれた学生さんが
表情とイマジネーション豊かで
過去最高のできとなりました。
年々ヴァージョンアップしている秘訣は、
大学の担当者さんと
制作スタッフのお互いが
リスペクトし合っているから。
これって大切なことだと思います。
はなから「こいつはダメだ」と
思いあったら、
決していい結果にはなりません。
人間関係すべてに言えることですが、
お互いに敬意をもって
接したいものです。
そうすることで、
インスピレーションがわき、
クリエイティブな発想が
刺激されるのです。
某国の政治家のように
足の引っ張り合い、
責任のなすり付け合いからは、
憎悪の念しか生まれないでしょう。
もったいないことです。
きのうのブログで触れた
先生に褒められたコピー。
校友会から新入生に
プレゼントされた文庫本「青が散る」
のために作ったもの。
これを凌駕するコピーを
書くことが今の課題。
次の年、
今もいっしょに仕事をしているM口氏が
分冊された帯のデザインを担当した。
その時もぼくのコピーは
そのまま流用してくれた。
そもそもこの帯の作成は
学生時代同じクラブに所属していた
N氏がまわしてくれた仕事である。
コピーライターやデザイナーの誰もが
この仕事をできるわけではない。
そこには運や、人との出会いや、人との付き合い、
それに天の配慮もあるに違いない。
与えられた仕事を
全力で一所懸命にするほかないのだ。
最近、つくづくそう思う。
追伸:Yちゃん遅くなってゴメン。
今朝の産経新聞に
作家の宮本輝氏の
文学碑の除幕式が行われたとの
ニュースが掲載されていた。
わが母校の一期生にして
名誉OB(そんな称号はない)である。
たった一度だけ
数分の出会いであったが、
「あぁ、あのコピーはよかったですね」
とかけていただいた言葉は、
ぼくの宝物となった。
http://woochannel.blog.eonet.jp/miyamiya/2009/12/post-3ebe.html
ご健筆とご健康を祈念する。
今朝の産経新聞を眺めていたら
成美大学の記事が目にとまりました。
東日本大震災で被災して
結婚式ができなくなったカップルを京都に招待し、
学生が結婚式を企画・運営するそう。
同大の社会的貢献に拍手を。
さて、きのうは原稿仕事の合間を縫って
茨木市に赴きました。
以前にもお会いした
マスコミ研究会の先輩
N村さんからお声がかかったのです。
同級生のN出、
M口っちゃんもいっしょでした。
打合せ後、
市内の居酒屋で一杯。
その後、場所をかえてカラオケ。
われわれの先輩である
A木さんも合流され
のどを鍛えました。
全国での順位が出る装置で
1位を連発!
「帰れま10」なら、
即帰れたところです^^。
ついに完成!
CLUB BOOK(クラブブック)2011。
そのメッセージは、
せっかく大学に入ったのなら、
クラブに入ろうよ、
一つのことをやり遂げる達成感や
たくさんの思い出、それに
生涯に渡って付き合える友人もできるよ、
と言ったところにあります。
これで3年連続の発行ですが
年々進化中です!
大学生諸君、
とくに新入生のあなた、
バイトも忙しいだろうが、
ぜひともクラブに入部して
有意義な学生生活を送ってください。
さて、
きのうは南森町へ行きました。
散髪をすませて
麺屋ジャンプ亭さんで腹ごしらえ。
定番のみそラーメンを頼みました。
まるで茹でていないかのような、
ザワザワした食感の縮れ麺が相変わらずです。
スープも残さず頂戴しました。
その後、「じどり亭」さんへ。
さっそく、キューリと赤ワインを注文。
友人のMちゃんと合流します。
彼は今週の初め
大腸にポリープが見つかり
手術をしたばかり。
東日本大震災の後だけに
初めの話題は
「人間いつ死ぬかわからん」
だったり
「仕事がない」
だったり
「この先どうなるんや」的な
内容が続きました。
けれど、
マイナス発想ばかりをしていても仕方ないので
母校の発展に寄与すべく
ぼくらが協力できそうな事柄を
ブレストしました。
きのうは久し振りに
ミナミに出て
学生時代の友人たちと
飲食を共にしました。
近くには
道頓堀のグリコのネオンが。
左より
商社勤務の廣保、
デザイン会社経営の森口、
小学校教員の今浦、
追手門学院職員野出の各氏です。
元気をもらいました。
そうそう、
飲み会の最中に
マス研の後輩で
現在4回生の
幾波君から
野出宛に
「印刷会社に就職が決まりました」
との嬉しいメールが入りました。
ちょうど、彼は就職決まったのだろうか、
との話題が出たあとだけにグッドタイミング^^
http://woochannel.blog.eonet.jp/miyamiya/2010/12/ob3-0497.html
http://woochannel.blog.eonet.jp/miyamiya/2010/02/post-f646.html
また、同じく4回生で同窓である
今浦の長男の勇太君も
昨日から研修が始まったばかりで
幾波君のことは知っているとの由。
みんな「縁」があるんだなぁとの
思いを新たにしました。
皆さん、ありがとう!
春から社会人になる皆さん
お仕事頑張ってください。
にんげんクラブ会員のすべてが
注目している
船井幸雄先生。
先生は最近、
一部のためになる本を除いて
読書に費やす時間は無駄ではないのか、
と思われるようになりました。
http://www.funaiyukio.com/funa_ima/index.asp?dno=201101012
ぼくもここ何年か
読書をしていても
「結局やるだけだろう」という
気持ちになっていたため、
にんげんクラブに入会したり、
ブログで同会の全国大会の様子を
発信したりしています。
「日月神示」も入手したし、
あとは「聖書の暗号」で
自分の名前を調べるくらいでしょうか。
唐突ではありますが、
ぼくのすべきことを
再度掲載します。
①にんげんクラブを通じて
世の中に「100匹のサル現象」を起こすこと。
②取材と文章の力で人類の幸福に寄与すること。
③幼稚園の保護者や少年野球の指導者・保護者の
皆さんと共に、地域社会と子どもに貢献すること。
それらにプラスして
④ワクワクすることをする。
がぼくのすべきことです。
ワクワクするキーワードは
学校法人成美学園、
福知山成美高校、
追手門学院大学、
長池幼稚園、
野球、野球コーチ、
友人、家族、平和、
旅行、沖縄、石垣島、西表島、宮古島、
スタンド・バイ・ミー、古酒、八重山そば、
温泉、ハイキング、水泳、
イタリア、ワイン、聖フランチェスコ、
取材、インタビュー、コピー制作です。
皆さまのご理解、
ご協力をよろしくお願いします。
1月3日
追手門学院大学アメリカンフットボール部の
高橋睦巳コーチが所属する
オービックシーガルズが
ライスボウルで優勝し
日本一になった。
お会いした方が
直後に日本一になることは
初めてではない。
過去にも
パナソニックパンサーズの
選手にインタビューしたのち、
同チームがプレミアリーグで優勝したこともあった。
http://woochannel.blog.eonet.jp/miyamiya/2008/04/post-e07f.html
スポーツライター版
仙台四郎とはぼくのことか?
いやいや
こんな話をしたかったのではない。
運をもった人が
指導しているチームは
期待がもてるということを言いたいのだ。
なぜなら優勝するシーンを
イメージできやすいのだから。
何か物事を実現しようとする時、
成功の場面をイメージ化することは
もっとも簡単で効果が得られやすい手段である。
しかも社会人は
土日の7時間ほどしか
全体練習ができない。
これは、
効率の良い練習、
集中する練習、
個人練習が大切である
ということに他ならない。
その意識が
大学生にも注入されているわけである。
だから今年の追大アメフト部は
一部昇格の期待がもてる。
さらに、あと数年のうちに
甲子園ボウルに出場することも
夢ではないだろう。
福知山成美高校に続いて
母校が甲子園の土を踏むことを
願っている。
今年もあと1週間を切りました。
ぼくの人生においても
今年ほど変化の多い
1年はなかったような気がします。
それでは恒例(?)となりました
今年の私的10大ニュースを
お届けします。
①父親他界す
長年にわたり、
福知山成美野球部を
応援し続けていた父
三宅啓介(元福知山商業教諭)が
前立腺がんのため4月10日に逝去しました。
75歳でした。
キャッチボールやスキー、釣りなど、
よく遊んでくれた父でした。
福知山成美野球部が
暴力事件を起こし、
半年間の対外試合禁止中の
ことでした。
②15年勤めたデザイン会社を退社
1995年の早春に
コピーライターとして入社したデザイン会社を
今年の8月末で退職しました。
現在は主夫兼
取材・原稿仕事をしています。
③にんげんクラブ全国大会に初参加
9月11日から12日にかけて
パシフィコ横浜で開催された
にんげんクラブ全国大会に出席。
尊敬する船井幸雄先生ほか、
多くの本物講師の講演を
聞くことができました。
とくに船井先生と約5000人の
参加者と共に
中難を小難にする願いを
創造主にできたことは
今年一番の思い出です。
④にんげんクラブのウェルカムパーティーに参加
7月、にんげんクラブ大阪支部の
ウェルカムパーティーに初参加。
川島伸介さんや山村龍和さん、
島原潤さん、ペガサスさんをはじめとする
多くの同志と知り合いました。
⑤福知山成美高校野球部半年間の対外試合禁止
昨秋の近畿大会でPL学園に勝利し
ベスト8に進んだ福知山成美野球部ですが、
その後、寮内で複数の野球部員が
寮監に暴力を働き
2月上旬から8月上旬まで
半年間の対外試合禁止処分となりました。
⑥福知山成美の島本浩也君阪神から指名される
夏の京都府予選に出場できず
悔しい思いをした3年生たちですが
野球を続ける意志を持った選手は
後輩たちと一緒に汗を流しました。
その中からエースの島本君が
育成ながら阪神タイガースから2位指名を受け
入団を果たしました。
http://woochannel.blog.eonet.jp/miyamiya/2010/03/post-a78c.html
⑦長男卓球大会で優勝
夏に行われた卓球大会で
長男が選手として出場したチームが優勝しました。
⑧住吉フェニックスライオンズ杯でベスト8に
コーチをしている住吉フェニックスAチームが
120チーム以上が参加する大会でベスト8に進出。
夏を過ぎて結果がついてくるようになりました。
⑨フォルツァ長池が小体連で3連勝
次男が所属するサッカーチーム
フォルツァ長池が小体連で3連勝。
決勝トーナメントに進出しました
(決勝トーナメントでは連敗)。
その後に行われた水都杯でも
3位リーグで3位に入賞しました。
⑩大学のコーチ陣にインタビュー
母校・追手門学院大学で
運動部のコーチ陣にお話をうかがいました。
将来につながる展開も生まれそうで
ワクワクしています。
写真は最近読んだ
「のだめカンタービレ25巻」です。
きのう東京ドームで行われた
アメリカンフットボウル社会人日本一を決める
ジャパンXボウルで、
オービックシーガルズがパナソニック電工を
20-16で破り、
5年ぶり5度目の頂点に立った。
シーガルズには、
母校・追手門学院大学の
コーチも務める高橋睦巳さんが在籍。
つい先日、お会いしたばかりだ
http://woochannel.blog.eonet.jp/miyamiya/2010/12/ob3-0497.html
(そう言えば昔、
オービックの人事の方に取材して
学生向きの記事を書いたことがあった)。
オービックシーガルズの前身は
リクルートシーガルズ。
リクルートさんでは
社外ディレクターを務め
何度か表彰されたことがある。
一方のパナソニック電工さんも
長い間、仕事でお世話になった会社。
今年でご縁は無くなりそうだが、
ますますの発展を祈念したい。
こうして見ると
いずれのチームとも
浅からぬ縁がある。
さて、物事には何でも前ぶれがある。
大事故の前にはヒヤッとした瞬間があるし、
大成功の前にはピカッとした直観がある。
追大(おいだい)のアメフト部コーチを務める
高橋さんが社会人で優勝したことは
大学アメフト部にも期待が持てると思うのだ。
来季の追手門学院大学SOLDIERSから
目が離せない!?
きのうの木曜日、
母校の追手門学院大学で
スポーツクラブのコーチの
皆さんにお話をうかがいました。
写真はアメリカンフットボールの
コーチ・高橋睦巳さん。
日大OBで現在も
オービックシーガルズ(社会人クラブ)の
現役選手にしてブロガーです。
http://mutsumi.blog.eonet.jp/takahashimutsumi/
今年はDIVⅡ Bブロックで2位(4勝1敗)。
Ⅰ部復帰も夢ではないところまで来ています。
ぜひとも、甲子園ボウルに出場してくださいと
お願いしてきました。
夜の7時からは
友人のM口、N出と
4回生の学生2人
(マスコミ研究会の後輩・I波君とK君)とで
阪急茨木市駅近くの居酒屋マンマルへ(写真)。
その後、N出行きつけのスナックKへ。
学生2人は初めてのようで
お店のママさんとの応対も初々しく感じました。
なんとか最終電車で帰宅することができました。
きのうは
10時に阪急茨木市で
M口氏と合流。
彼の車で
追手門学院大学へ向かいました。
O氏、S氏らと会ってのち、
友人のN氏と学食で昼食を食べました。
ラーメンとミニカレーがセットになった
ラーメンセット400円です。
N氏と別れてのち、
M氏の車で
南森町まで送ってもらい
その足でA倍野プールへ。
ゆっくり休み休み45分泳ぎました。
だんだん泳がないと気持ちが悪い
身体にもどりつつあります。
ジョギングをしている人もこんな
気分なのでしょうねぇ。
プールから出て
天王寺のアポロビルへ。
2階の喜久屋書店で
出たばかりの
「ザ・フナイ」11月号を購入しました
(同誌は
船井幸雄先生が主幹を務める
マスコミが取り上げない真実が
掲載されている月刊誌です)。
ついでに来年の手帳も。
この手帳「マンダラ手帳」といい
決して安くはないのですが、
アポロビル1階の
ステーショナリーショップで
ぼくの琴線に引っ掛かってきたのです。
帰ってタッキーさん
(にんげんクラブ埼玉支部長)の
ブログを見て驚きました。
http://tenkataihei.xxxblog.jp/archives/51639537.html
彼も愛用されているのでした。
きのうの日曜日、
友人のM口氏と
母校の追手門学院大学を訪ねました。
この日は学祭。
あいにくの雨でしたが、
学生たちは元気いっぱい。
模擬店の呼び込みが
30年以上前に
タイムスリップさせてくれました。
写真は人工芝に模様替えした
第一グランド。
この秋、アメリカンフットボール部は
京都産業大学に初勝利するなど、
人工芝効果(?)が出ています。
学生会館の3階から駐車場を望む。
ぼくたちが大学に着いたころ、
右側の芝生広場に野外舞台が組まれ
ヒップホップダンスグループが
踊りを披露していました。
軽音楽部の演奏が予定されていましたが、
あいにくの雨で中止に(>_<)。
どこかで披露できることを
期待します。
そろいのウィンドブレーカーや
Tシャツで受付や販売をする学生たち。
12時からは学生食堂で
OBOGとその同伴者を対象とした
「ホームカミング・デー交歓会」が
開催されました。
OB職員である
Oさん、Nさんらと
飲み物片手に
お話させていただきました。
その後は4号館で
開催されている
文化会の展示を見学したり
茶会に出たりして
久し振りの学祭を楽しみました。
このブログを読まれている
OB・OGの方、
来年の「ホームカミング・デー」には
ぜひご参集ください。
ちなみに参加費は無料でした。
木曜日に
水中ウォーキングをしたあと
左ひざが猛烈に痛みました。
湿布を張ったら痛みが和らいだため、
金曜日も80分泳ぎました(休み休み)。
きのうの土曜日は、
朝8時30分に小学校集合。
一列ノックや外野ノック、
マシーン打撃などに取り組みました。
久し振りにコーチ会議に出席し、
今朝(正式には深夜)起きると
今度は右ひざが痛んでいるではありませんか
(@_@;)。
すぐに湿布を張りましたが
今日の練習、どうなることやら。
さて、きのうの練習、
この夏まで高校球児だった
U野K平君が手伝いに来てくれました。
彼はぼくの母校に進学するそうです。
同じ町内に高校の先輩がいて
同じ町内に大学の後輩がいる。
おそらく、
住吉フェニックスでコーチをしなければ
二人とは出会っていなかったでしょう。
出会いも必然必要なんでしょうね。
次男が所属する
サッカーチーム
フォルツァ長池が、
きのう長居競技場で開催された
小体連の決勝トーナメント(?)に出場。
2戦2敗で残念ながらメダルには届きませんでした。
福知山や三重県で練習をつんだせいか、
次男の身体の切れはよく、本人も
「3点取ったら買ってほしいもんがあんねん」と
やる気まんまんでした。
1戦目は完封され、
2戦目も5対0で後半まで負けていましたが、
M本君、次男、M本君と
立て続けにシュートを決め
2点差まで迫りました。
しかし、時すでに遅しで
追いつけませんでした。
本人に言わせると
アシスト2で、得点1の
合計3点だから
「おもちゃ買って!」と訴えたそうですが、
当家の大蔵省に却下されました^^。
さて、今日はこの夏最後の朝練でした。
総勢17人集まったため、
選手の意見も取り入れ
紅白戦を実施しました。
最終回に負けていたチームが逆転し、
8対7でK原、M本バッテリーチームが勝利しました。
約1カ月間の間、
選手、代表、監督、コーチ、保護者の皆様
お疲れ様でした。
実りの秋としましょうぞ。
きのうのプロ野球、
阪神対広島は
22対8で
阪神が勝利しました。
チーム史上最多得点。
プロ同士でもこんなゲームがあるのですね。
一時は危なかったのですが、
金本選手の弾丸逆転満塁ホームランで
息を吹き返しましたね。
それにしても凄い当りでした。
あの低さで大阪ドームの二階席中段まで飛ばすか?
当チームの子どもたちにも、
ゆくゆくはあんな当りを打ってもらいたいと夢想しています。
冒頭の写真は練習終了後、
監督のねぎらいの言葉を聞く選手たち。
そうそう忘れるところでした。
きのうのヤフーで追手門学院大学の
チアリーディング部が紹介されていました。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20100825-00000141-san-soci.view-000
おととい、
北浜の「時代屋」さんに集まったメンバー。
みんな追手門学院大学14期生です。
あっという間に生中二杯を飲みほし、
チューハイや樽酒に
移行しました。
締めにざるそば。
さらに地元でラーメン(>_<)。
こちらは自宅ベランダで生育中のミニトマト。
ようやく実がなってきました。
アップで。
赤く色づいたら
成長の様子を
写真で紹介したいと思います。
さて、今朝の練習は
昨日に引き続き
守備に重点を置きました。
シートノックと試合ノックで終了。
どのポジションも
レギュラー争いが熾烈になってきました。
今週は明日も朝練があります。
そうそう、
いま読んでいる
中学野球小僧で
現在、甲子園でベスト4の
興南高校・我喜屋監督のインタビューが掲載されていました。
駒大苫小牧高の香田監督(現鶴見大コーチ)も
我喜屋監督に教えを請い
北海道に優勝旗を持ち帰ったのだといいます。
きのうの夜は、
大学時代の友人たちと
北浜のそば屋・時代屋さんに集合。
久し振りに
熱く(?)語りました。
最初は各人の近況報告でしたが、
酔いが回ってくると
やはり母校の将来について
各々が胸中を吐露することに
(写真は後日)。
ぼく個人は、
野球部が
阪神大学野球連盟の一部で優勝し、
神宮大会でも優勝してほしいと願っています。
そのための協力は惜しまないつもりです。
さて、写真は
福知山から大阪へ帰る
列車の中で読んだ
城山三郎さんの
「そうか、もう君はいないのか」。
昨年、テレビドラマで
田村正和さんと
富司純子(ふじすみこ)さんが
城山夫妻を演じて話題になりました。
http://woochannel.blog.eonet.jp/miyamiya/2009/01/post-35b9.html
二枚目は
今読んでいる
「中学野球小僧2010 JUL」(白夜書房)と
「甲子園だけが高校野球ではない」(廣済堂出版)。
後者は営業戦略上、
岩崎夏海氏
(100万部を突破した
「もし高校野球の女子マネージャーがドラッカーの『マネジメント』を読んだら」の作者)
の監修となっていますが、
取材と原稿はママ記者こと
瀬川ふみ子さんがメインで担当しています。
http://mamakisya.blog.shinobi.jp/Page/3/
彼女のブログからは、
野球が好きで好きでたまらない、
という気が発散されているように感じます。
皆さんもよろしければご購入ください。
そうそう、今日の朝練は
今夏初めて、守備をメインに行いました。
一列ノック、シートノック、試合ノックと続けたのですが
暑さのせいもあってか集中力と覇気がなく、
代表とコーチ陣にカツを入れられるシーンが多々見られました。
日本三大祭りの一つ
「天神祭」の舞台として知られる
大阪天満宮は
当社の近所にあります。
きのう帰りに立ち寄ると
「星愛七夕まつり」が開催されていました。
天満宮の敷地内にある
七夕池(現在の星合の池)は、
1000年以上の歴史をもち、
昔から
「この池に映った星に願うと愛が成就する」
と言われているとか。
信憑性はおくとして、
天満宮が天神信仰の場として
知られるようになったのは、
道真公亡きあと
星合の池で怪奇現象が起こったためだそう。
この日、カップルで茅の輪をくぐり
(カップルでなくとも可)、
池に映った星に祈りを捧げると
愛が成就するとあって、
多くの男女で賑わっていました。
今朝、家のベランダを見ると短冊がありました。
「千年も楽しいことが続きますように」と
書いてありました。
いい言葉だと思ったものの、
どこかで聞いたことがあるような…。
ミニトマトの苗君、
昨晩はクーラーに電気を取られず、
循環して空気がたっぷり入った溶液を
吸収することができました。
きのうのヤクルト戦で、
6回に勝ち越しホームランを放ち
ヒーローになった関本賢太郎選手。
ヒーローインタビューで
幼稚園の次男が
『プロ野球選手になりたい』
と書いた短冊の横に
『ホームランが打ちたい』と
小さく書いたそうです。
早々に、願いが聞き届けられました^^。
そういえば、この関本選手、
ボーイズリーグ橿原コンドルの出身で、
福知山成美高校の島本君や
去年のキャプテン杉本君の先輩にあたります。
http://www.boysleague-jp.org/ob/index.html
今朝の新聞を読んでいたら
シンクロナイズドスイミングのメダリストで
追手門学院職員の巽樹理さんが、
茨木市内の小学校で水泳教室をした
とのニュースが掲載されていました。
巽さんは追手門学院大学の卒業生。
地域社会に恩返しをするという気持ちは、
ある程度年をとると出てくるものですが、
30歳で実行されているのは頭が下がります。
金曜日は西田辺駅近くの
焼鳥屋さんで、
N池幼稚園おやじネットワークの
Aさんとお会いしました。
お互いの近況や
共通の知人についての話題、
それに夏休みのイベントについて
語り合いました。
7月3日の土曜日は
雨のため練習中止。
夕方から
友人のN氏、M氏と
大阪天満宮に近い
「だるま」さんに集合しました。
2軒目は、
これまた天神さんに近い
ソウル&ブルースバー へ。
最近、
おやじバンドの活動を始めたM氏は、
店に来ていたミュージシャンの方と
セッションをはじめるなど、
いい時間を過ごしていました。
当社で制作をお手伝いした
追手門学院の履歴書(スペシャリスト編)が
完成しました。
日曜日はD領小学校での市長杯
Cクラスのグランド当番。
監督やコーチ、6年生で
グランドに土をまき、
その後、
ボールボーイを務めました。
11時過ぎからは
Y本コーチに代わってもらい
正午からのCDチームの練習に参加。
夕方の5時までみっちり
練習に励みました。
監督より
元気がないと
注意を受けましたので
この点、
気をつけていきたいと思います。
さて、毎朝、見ている「ゲゲゲの女房」。
今朝は水木しげる先生のご両親が
境港から上京するシーンでした。
視聴し終わって、何気なく柱を見たら
「のん気にくらしなさい 水木しげる」
と書いたシールが貼ってあるのに
気がつきました。
いつから貼ってあったのか?
仲の良い、
S見家からお土産にもらったことは
覚えているのですが、
貼ったことはすっかり忘れていました。
今週も暑くなりそうです。
どなた様もご自愛ください。
やりましたねー、
サッカー日本代表。
ぼくはいったん3時に起きて
テレビに向かったのですが、
眠いのと
カメルーン戦も寝て起きたら勝っていたため、
ゲンを担いで寝ることにしました。
6時半くらいに目覚めてテレビをつけると
タカ&トシが
「今起きた方、これは夢じゃないですよ。
日本が勝ちましたー!」と
叫んでいたため、
じわじわと喜びが沸いてきました。
本田(摂津市出身)と
遠藤(ガンバ大阪所属)という
大阪に馴染みの深い選手が
見事なフリーキックを決めてくれて
溜飲を下げました。
29日のパラグアイ戦まで
気分良く過ごせそうです。
これって、
母校が甲子園で勝ち続けている時と
同じ気分です^^
今朝、地下鉄天満橋駅で下車したら、
わが母校の看板が燦然と輝いていました。
ついこの間、
山折哲雄氏の講演会に
行った場所ですし、何日か前、
追手門学院大学の野球部員と同じ車両に
乗り合わせたばかりで、
母校とのシンクロが頻出しています^^
先日廣済堂さんの「ホームラン」を購入したのですが、
ベースボールマガジン社さんの
「甲子園」予選展望号も購入しました。
ここでも、今春、京都大会を制した京都府工が
取り上げられていました。
レポートは氏原さん。
詳細は買って読んでいただきたいのですが、
近くにある福知山成美に
追いつけ追い越せで
実力をつけてきたことは
間違いないようです。
また、日常生活を厳しく指導することで知られる
興南高校の我喜屋監督、
5月の下旬、エースの島袋君に対して
1週間の謹慎を言い渡し
グランド周辺のゴミ拾いをさせたそうです。
何をしたのかには触れていませんが、
日常生活が乱れたためとか。
僅かな気の緩みも見逃さないところに
我喜屋監督の信念を見る思いがします。
作家の富士正晴さんとは
生前、2度お会いした。
いずれも、
茨木市の自宅にうかがい、
話を聞いた。
その記事は
「酒を把(と)って竹渓の仙人富爺に問う」
といったタイトルで
週刊誌に掲載されたことがあったが、
おそらく昭和50年代の後半だっただろう。
初めて富士さんのお宅にうかがったとき、
ぼくは津本陽さんの本を持参していたのだが、
富士さんはそれを見ると
「そいつも、うちの同人や」と言われた。
富士さんは同人誌「VIKING」を主催していらっしゃたのだ。
開高健さんの夫人だった牧羊子さんも同人で、
開高さんと二人して、
富士邸を訪ねるくだりは、
「青い月曜日」に描かれている。
当時のぼくは怖い物知らずで
興味の赴くまま、
作家のお宅を訪問しては
訪問記事を書いていた。
今思うに、あの当時は
毎日「ワクワク」していたなー。
さて、昨晩は、
今浦、広保、森口、野出と
心斎橋のニューミュンヘン倶楽部で
集まった。
5人が揃うのは、
今年の2月に新年会で集まって以来である。
大学や、学校が抱える問題などを肴に
3時間近く話し合った。
これから野球のコーチのため、
写真は後ほど。
かつて「CLUB BOOK」という冊子の
制作をお手伝いしていることは紹介しました。
当社では、別の担当者が
写真の「追手門学院の履歴書 文化人編」の
編集をお手伝いさせていただきました。
そして現在、第三弾が進行中です。
当社のOBである
M氏が勤務されていた
N社さんの指示で仕事を進めています。
追手門学院大学を卒業して27年になりますが、
いまだにつながっていることを
嬉しく、有り難く思います。
今も何かあるたびに連絡をくれる友人たち、
読書の習慣をつけてくださった先生、
就職で世話になった先輩、
母校がなければ、
ぼくの人生どうなっていたのか、
ちょっと想像がつきません。
卒業しても、まったく母校とは縁なく
生活していらっしゃる方の方が
遥かに多いでしょう。
でも、ぼくはそうではないのです。
ぼくはそういう環境の中で
自分ができることを
精一杯するほかないようです。
友人Nから、
母校・追手門学院大学の写真が
送られてきました。
新入生を対象にした
「CLUB BOOK」という
冊子の制作を
手伝ったことは
以前のブログでお知らせしました。
その影響もあるのかどうか、
部室やスタジオ、トレーニングルームなどが
入っている学友会センターの屋上に
「部活動するなら」という
看板が掲げられたそうです。
また、5号館には、
ガンバ大阪とのパートナーシップを
知らせる垂れ幕も下がっていました。
http://woochannel.blog.eonet.jp/miyamiya/2010/03/club-book-2010-.html
桜は学校に似合うような気がします。
きのう、仕事で母校の
追手門学院大学へ赴きました。
スクールバスの中で
マスコミ研究会の後輩にして
学友会文化会本部委員長である
幾波将一君と出会いました。
彼は、休部状態が続いていた
マス研を復活させた救世主(?)です。
この日は就職セミナーとかで
スーツ姿でした。
幾波君、
就活頑張ってください。
仕事を終えてのち、
茨木市春日商店街の
多幸作さんで、
仕事の打ち上げをしました。
刷り上がったばかりの
掲載紙をもって
取材でお世話になった
先輩の青木さんや
寺崎さん 、
そして野出も
仕事先から
駆けつけてくれました。
今朝は加古川で取材。
午後から姫路で取材でした。
時間待ちの間に
国宝にして、
世界文化遺産にも登録されている
姫路城へ足を伸ばしました。
ミラノのドォーモを前にしたときと
同じ感覚が蘇りました。
途方もない、
人の手と
時間と
思いが
凝縮された建物。
あるいは、
魂を持つ建物。
そんな感じです。
広場に榎の古木がありました。
こちらも味がありました。
福知山成美の野球部員3人が
寮内で寮監に暴力をふるい
選抜高校野球の
近畿補欠校1位を
辞退しました(ToT)。
以前にも、
寮内で野球部員に対する
暴力事件がありました。
集団での暴力行為は
許されるものではありません。
断固たる処置が必要です。
ただ、諭す側にも
愛情が欠如していたのではないか、
厳格一本やりではなかったのか、
反省していただきたいと思います。
春から、新しいコーチが就任するそうです。
期待しましょう。
選手諸君、君たちは
どれだけ春の大会を楽しみにしている
ファンがいると思っているのだ。
中には病床で
春季大会を
心待ちにしている人もいるのだよ。
閑話休題。
補欠校辞退のニュースが掲載された
ヘッドラインニュースのすぐ下に
追手門学院大学がJ1・ガンバ大阪と
パートナーシップ協定を結ぶと発表されていました。
http://sports.jp.msn.com/article/article.aspx?genreid=2&articleid=504331
http://sports.jp.msn.com/article/article.aspx?genreid=2&articleid=504286
良きにつけ悪しきにつけ、
母校がニュースになっているのは
複雑な心境です。
こんなに短期間で、
こんなにいろいろな方々と
お会いすることがあるんだなぁと
嬉しさ半分、驚き半分の気持ちでいます。
肉体をお返しする日が近づいているのか?
と勘ぐってみたくもなります。
まず、2010年2月11日(祝)
追手門学院大学プチ同窓会と
銘打った新年会を
大阪・梅田のニューミュンヘン北大使館で
開催しました。総勢8人。
仕事をご一緒している
追手門学院職員のOさんと
同級生でアメリカ民謡研究部に
所属していたM氏。
それに
マスコミ研究会の同級生と
先輩で紅一点のCさんです。
左、ぼくたちマス研14期の
マドンナ的存在だったCさん。
その容貌は学生時代と変わらず、
実は魔女ではないか、
と疑われています。
この日は2次会までお付き合い
くださいました。
右、頼れる兄貴、
追手門学院大学職員のOさん。
ぶれない学生目線の持ち主で
学生の心強い味方です。
もちろん我々OBにとっても。
いっとき、今治西高の野球部に
所属されていたそうです。
左、マス研同期のI。
元々商社マンでしたが
40を過ぎて小学校教諭へ
「テンシーーン!」。
彼も小学生の野球コーチをつとめています。
右、最近、いっしょに取材に行くことが多い
同級生で元アメ民のM氏。
Iとは小学校の同級生で、
40年ぶりに
クラス歌を合唱したことは
記憶に新しいです。
http://woochannel.blog.eonet.jp/miyamiya/2008/09/post-54eb.html
マス研同期のH。
彼は将軍山祭実行委員長という
大役を務めた人物で
現在は商社の総務部で
課長をしています。
元プロパーで
開業医の
裏も表も知り尽くした男です。
左、マス研同期のS。
1回生の時は、
共に広告パートに所属。
Sはオールドパーの
ぼくはリザーブの自作CMを作ったことが
昨日のことのように思い出されます。
BGMに使った
クイーンの「ラブ・オブ・マイライフ」と
ロッド・スチュアートの「セイリング」は
現在も愛聴しています。
現在、和服店主です。
2010年2月12日(金)
二次会が終わったあと、
電車で帰福しました。
体調を崩している
父親を見舞うためです。
翌日は代休をいただきました。
ある方から
2009年選抜出場校記念の
グッズを頂戴しました。
生家にあった
2008年選手権出場記念
キャップと並んで撮影。
今年の夏は
さらなるグッズを
入手したいものです。
2010年2月14日(日)昼
「実録! 三宅一族の陰謀!!」
ではありません。
前列中央に父、
左に母、
右にHおばさん、
後列はおじさん、おばさん、
そして従弟たちです。
城崎温泉~峰山の帰途、
長男である父親の見舞いに
立ち寄ってくれました。
カニなどの
お土産を頂戴しました。
おじさん、おばさん
ありがとうございます。
2010年2月14日(日)夜
桃映中学野球部の先輩にして
市会議員のOさんが
同級生に召集をかけてくれました。
左、幼馴染みのO山雄二。
中学時代は野球部、
福商(現福知山成美)時代は
サッカー部でした。
小学生の頃、彼と組んで
いろいろ悪さをしました。
右、ぼくらが中1の時の
野球部主将O藤あきらさん。
小学生の時は児童会長で、
小っちゃな頃からカリスマでした。
桃映野球部時代、
副キャプテンだったM尾ススム。
小学校3.4年から
ソフトボールをして遊んだ仲です。
今は市役所に勤めているそうです。
中学時代、よく勉強を
教わったS田正博。
追手門学院大学の
経済学部を優秀な成績で卒業。
地元の信用金庫に就職し
現在は支店長の一つ下の役職だとか。
こうやってみてくると、
いろんな人のお世話になって
生きてきたんだなぁーって思います。
皆さんお元気で、
また会いましょう。
きのうは
茨木市のK商店街を取材しました。
30年以上前、
同じクラブのO君が
下宿していた町で、
懐かしさもひとしおでした。
ぼくたちが騒いで
O君が追い出された下宿も、
広島焼きのお店も
なくなっていましたが、
暖かい人情に
触れることができました。
今回の取材に際し、
お世話になった皆々様、
ありがとうございます。
それはそうと、
インプット(取材)が増えるばかりで
アウトプット(原稿)がはかどっていません。
今週も休めません。
そうそう、
選抜出場校が決まりました。
わが母校、
福知山成美は漏れました。
昨秋から判っていたことではありますが、
やはり寂しいもんです。
今年は、ブロガー仲間である
かもにぃさんや
しおみ~~マンさんの母校、
今治西高を応援することに決めました。
今日、仕事で母校の
追手門学院大学を訪れました。
大学の頭脳部、
研究室が集まる中央棟です。
アメリカンフットボール部やラグビー部、
サッカー部が使用するグランドです。
ぼくたちが現役時代とは
比較にならないほど、
環境が整っています。
野球部の専用グランドで
イメージ写真を撮らせてもらいました。
使い込まれたグラブに
ボール。
それに、
チームの一員であることを証明するキャップ。
この専用グランドで
今春から、
土井正博さんが特別コーチとして
指導してくださるそうです。
以前にも紹介しましたが、
土井さんは清原和博氏が
西武に入団した時のコーチ。
大鉄高校を中退してプロ入りし、
18歳で近鉄の4番を打った方。
今からでも遅くありません。
このブログを見ている野球部だった高校生諸君、
追手門(おうてもん)学院大学へ行って
野球を続けてはいかがでしょう。
茂木健一郎さんと住吉美紀さんが
司会を務める
12日のNHK「プロフェッショナル仕事の流儀」は、
研究者・浅川智恵子さんでした。
浅川さんは追手門学院大学の1年先輩です。
http://www.otemon.ac.jp/new/news.php?id=768
全盲というハンディがありながら、
女性で初めてIBMのフェロー(特別研究員)になり、
10億人以上に福音をもたらすであろうと言われる
ITバリアフリーの研究に従事されています。
一説に寄ると、ノーベル賞に近い研究者だそうです。
立派なOGがおられて、ぼくも嬉しいです。
でも正直な話、
出身校なんて関係ありませんね。
やる人はやる、それだけのことです。
ぼくも自分ができることを精一杯やるだけです。
ぼくにできることは、
①船井幸雄先生のにんげんクラブを通じて
世の中に「100匹のサル現象」を起こすこと。
②取材と文章の力で人類の幸福に寄与すること。
③幼稚園の保護者や
少年野球の指導者・保護者の皆さんと共に、
地域社会と子どもに貢献すること。
の3点です。皆さま頑張りましょう。
写真は新築なったわが母校
追手門(おうてもん)学院大学の1号館。
現在、来年に向けての
仕事が進行中であり、
その打合せで訪れた際に撮影した。
同館は事務棟となっていて、
1階に学生課などが入っている。
友人Nこと野出も
偉大な先輩の
O氏もA氏も
ここで勤務されている。
ぼくが勤めるデザイン会社の
現社長である西川さんは、
追手門学院大学のマスコミ研究会で2年先輩。
ぼくが大卒後に勤めた会社を辞めた後、
西川さんの世話で
週刊誌の編集部にもぐり込み、
今につながる仕事を見つけた。
現在のデザイン会社にも、
西川さんと同僚の池田さんの
お骨折りで入れていただいた。
このように、
ぼくの人生は、
母校抜きには語れない。
写真は先日、阪急電社内で見つけた
追手門学院大学のポスター。
コピーにもあるように、
尊敬する人生の恩師も
追手門学院大学にいらっしゃった。
阿頼耶順宏先生である。
阿頼耶先生の師は
中国文学者で
博識をもって知られた
吉川幸次郎先生。
ぼくごとき頭脳の持ち主が、
京都学派の伝統を受け継ぐ師と出会うとは
何たる幸運! ビバ! 追手門!!
先生には、
とにかく本を読みなさいと教わった。
細々とではあるが、
その教えには従っている。
26年以上、文章を書くことで
糊口を凌いでいられるのも
師の教えの賜物だろう。
ありがたいことです。
「あぁ、あのコピーは良かったですね」。
2008年3月22日。
ぼくたちは、宮本輝さんの講演会を聞くため、
伊丹市立文化会館へ来ていた。
あまり気乗りしなかったのだが、
友人で追手門学院の職員であるN君に促されて、
講演会直後の楽屋に主役を訪ねた。
職員の方から
「新入生に配る文庫本の帯を担当してくれた
卒業生です」と紹介され、
「コピーを担当した三宅です」と
名刺を差し出した。
そのあとだ。
宮本さんから冒頭の言葉が返ってきたのは。
宮本さんの声は、
優しくて繊細で好意に満ちていた。
やっと会えた…。ここに至るまで
四半世紀近い歳月が必要だったのだ。
1984年、ぼくは住宅情報誌の編集部に勤務していた。
毎号、巻頭ページで
著名人のインタビュー記事を掲載していた。
関西は有名人の数が限られていたし、
当時の編集方針で謝礼が出なかったため、
人選は難航を極めていた。
そのことをN君に伝えたところ、
同僚の職員の方が宮本さんと懇意にされているから
頼んでもらえばどうか、と助言してくれた。
渡りに船とばかりにお願いしたのだが、
待てど暮せど連絡は来ない。
そのうち、そんな約束をしたことさえ
忘れてしまった。
10年ほどたって、
大手出版社から
一冊まるまる宮本輝さんの特集という
ムック本が発刊された。
それを眺めているうち、
ある箇所で目がとまった。
宮本さんへの質問コーナーで、
「こいつだけは許せないという人はいますか」
という問いに対して
「MT」と答えていらっしゃったのだ。
そのとき記憶の彼方から、
宮本さんへのインタビューを
お願いした方の名前が浮かんできた。
さらに10数年後、
N君からぼくが勤務する
デザイン会社に電話があった。
追手門学院大の卒業生で
構成されている校友会から、
新入生に対して『青が散る』(文春文庫)を
贈呈することになった、
ついては専用の帯を作成してほしい、
との申し出だった。
宮本さんからのメッセージや
写真も掲載する予定だという。
ぼくはその帯で、多くのOBを代表して、
日本の文学界を牽引されている
宮本さんに、
感謝の気持ちを伝えようと考えた。
制作にはかなり呻吟するタイプなのだが、
このときは驚くほどスラスラと書けた。
何年かに一度、
こんなふうに神がかり的に創作できる時がある。
もちろん、こちらの方が出来がよい。
ぼくは追大在学中、
宮本さんの著書を手に取ることはなかった。
テレビで『青が散る』が
ドラマ化されたときも視聴しなかった。
何故か? 自分でもよく分からない。
本でもテレビ番組でも、
あるいは人との出会いにおいても、
それを仕切っている神様がいて、
その許可がないと見たり、
会わせたりしてもらえない、
そんな気がしている。
その後、宮本さんに
署名していただいた
『青が散る』は、
仕事への情熱が冷めたときに取り出し、
やる気を起こす
カンフル剤とさせてもらっているのだが、
最近、明らかに見る回数が増えている。
きょうは、
京都で仕事でした。
御所の近くで、
至る所に町家がありました。
訪問先を確認したのち、
近くのラーメン屋さんで昼食をとることに。
ラーメン大の食券を買い、
待つことしばし、
写真のラーメンがやってきました。
仕事を終えて、
最寄りの駅へ向かう道すがら、
教会があったので、
思わずシャッターを切りました。
話題は変わりますが、
近鉄上本町駅の
エスカレーターの横に
追手門(おうてもん)学院大学の
入試ポスターが貼ってありました。
そこの高校球児だった君、
追手門学院大学の野球部は、
来春から
元西武の清原和博さんを指導した
土井正博さんがコーチに就任するんだよ!
18歳で近鉄の4番打者になった
土井さんから、
バッティングの奥義を学んでほしい。
OBとすれば、
母校が話題となって、
マスコミに登場してくれれば、
嬉しいものである。
今朝、スポーツ紙を
眺めていたら、
福知山成美の系列校である
成美大学(2010年3月までは京都創成大学)が
女子野球部創部記念の練習会を行なうとの
広告が掲載されていた。
福知山成美に女子硬式野球部を創部したり、
大学名を変更したり、
その野球部に力を注いだり、
さらには4年制大学にも
女子野球部を創ったりと、
絶えず、話題を提供し続けている。
一方、同じ今日付けの
スポーツ紙に
追手門学院大学野球部が、
特別コーチとして
元近鉄の
土井正博氏の就任を発表した
との記事が掲載されていた。
かつて別当薫監督に
18歳で4番打者に指名された
土井氏は、同じ境遇であった
清原和博氏を育てた
コーチとしても知られる。
清原氏が死球王と呼ばれるほど、
デッドボールが絶えなかったのも、
土井氏が避け方を教えなかったから
というエピソードは有名だ。
ガンガン遠くへ飛ばす
長距離砲を育てて
いただきたいものだ。
きょうは、
仕事の打合せで
母校へ赴きました。
最寄りの駅へ向かう途中、
携帯電話を忘れたことに
気がついたのですが、
たまには電磁波を
浴びない日があってもいいかと、
そのまま自転車をこぎました。
11時40分に
M氏と待ち合わせをしていたのですが、
10時45分に着いてしまい、
しばらく本を読んだりしていたのですが、
先に行こうと思い、
停まっていたスクールバスに乗り込みました。
大学に到着したのは11:20分。
職員である友人Nの所に行き、
携帯電話を借りようとしたのですが、
会議中で不在。
学食の前でM氏を待っていると
(大学でランチを食べようと約束していたため)
Nが現れ、携帯を借り、連絡できたのでした。
学食では、フジヤでラーメンとチャーハンのセット
400円を食べました。
このところ、ラーメン中毒です。
13時過ぎから打合せをさせていただき、
方向性とスケジュールを詰めました。
また、取材が始まりそうです。
きのうの夜、テレビを見ていました。
午後9時前、
NHKの関西ローカルニュースにチャンネルを
合わせました。
すると、見慣れた文字が飛び込んできました。
「追手門学院大学」。
ぼくの母校ですし、
最近、「CLUB BOOK」という
冊子のお手伝いをしたばかりです。
ニュースは、入学式における
「薬物乱用防止のための講演会」について
取り上げていました。
最近、名だたる大学で、
大麻やマジックマッシュルーム等の乱用が
発覚しています。
同講演会では、興味本位でそれらに手を出す
恐ろしさを知らしめることで、
学生の自覚を促すのが目的でした。
学生のインタビューのあと、
見慣れたお顔が登場しました。
「CLUB BOOK」の担当をしていただいた
Oさんでした。
思わず、かたわらの妻に、
「おい、Oさんや」
と叫んでしまいました。
最近、ご縁のある人が
テレビや新聞等で取り上げられる
ケースが多いです。
選抜出場の高校に続いて、
大学も注目を浴びています。
ついに、
とうとう、
完成しました!
構想3年(ながっ)、
制作1カ月(みじかっ)!!
「CLUB BOOK」!
その意図するところは単純明快。
「クラブに入ろう!!!」
新入生のみんなに、
クラブのよさを伝え、
充実したキャンパスライフを送り、
生涯にわたって付き合える
友人を作ってもらうことを
目的としています。
簡単に言うと、
『クラブ参加のメリットが凝縮された1冊!!!』。
難産でしたが、
その分、
余計に愛着があります!?
現に、いま付き合いのある人を浮かべてみれば、
ほとんどが、クラブ関係です。
中学時代は、野球部(軟式)、陸上部、駅伝部、
高校時代は、野球部(硬式)、
大学時代は、マスコミ研究会。
先だって、福知山温泉に行った
IもHもマス研の同僚でした。
家庭の事情でそれができない人もいるでしょうが、
極力、クラブに入ろうよ!
アラフィフ(アラウンドフィフティ=50歳)の
おっさんたちからの
熱い、熱い、加齢臭が
いや、メッセージが
詰まった1冊です(非売品)。
きのうはWBCで、日本国中が熱狂しました。
日本に感動と元気を与えてくれた
侍ジャパンのメンバーと
スタッフの皆さんに、
心から感謝する次第です。
自分が過去に野球をしていたことが
とても誇らしく思えたことでした。
会社でも、午前中は落ち着いて仕事をしていたのですが、
昼休み以降は、同僚のM君のワンセグで観戦しました。
そんな悠長なことをしている状況ではないのですが、
日本人が世界一をかけて戦っているのですから
仕方ありません。
夕方から、大学の仕事の打ち上げで、
担当された職員のOさんと、N、
そしてこの仕事の立ち上げからかかわったM氏との
合計4名で会食しました。
話しているうちに、
仕事の発注元であるOさんが、
愛媛県の出身だということが判明。
さらに、1年間ながら
「今治西高の野球部に在籍していた!」
と聞き及んで驚きました。
ご承知の通り、
今治西高の野球部OBの、
かもにぃさんこと鴨頭さんとはブロガー仲間。
http://blogs.yahoo.co.jp/shin_avg363/archive/2009/3
さらに、その先輩である方が、
「★福知山成美応援しょう★」
http://8621.teacup.com/kojika/bbs
サイトに掲載された
今治西高野球部の練習見学記事を転載させてほしい、
と頼まれたことで、2.3度メールのやり取りを
させていただいたことがあります。
http://imabari.cia-japan.com/?eid=315412
また、かもにぃさんのブログで知り合った
野球部の同級生である
しおみ~~マンさんは、
愛媛県で業界の常識を覆す活動をされている
住宅会社の社長さん。
人望も人気も高く、
精力的に動かれています。
http://blogs.yahoo.co.jp/veryhome_no1
さすがに、文武両道校の
OBたちだと密かに感心していましたが、
こんな近くにOさんがいらっしゃり、
また、いっしょに仕事をさせていただくという
偶然(必然)が重なっていたのです。
Oさんは、常に学生の目線で、
学生達に何が必要なのか、
何ができるのかを考えていらっしゃり、
我々の母校追手門学院大学の発展に対して
並々ならぬ意欲を持って取り組んでいらっしゃいます。
頭だけで考えてあれこれ言うのではなく、
思いを実行する“行動力”をお持ちです。
もう、なんというのか
「ありがとうございます!」
の言葉以外、思い浮かびません。
きのう、仕事で
母校出身の女性二名とお会いしました。
二人とも
体育会のクラブに所属されていた
ステキな女性で
こんな機会でもない限り
お会いできなかったでしょう。
いろいろな方のお骨折りで実現した
今回の出会い。
人の縁の不思議、
有りがた味を感じないわけにはいきません。
ぼくの仕事というか、生き甲斐は
文章とか取材を通じて
一人でも多くの人に幸福になってもらうことだと
考えていたのですが、
逆に、ぼくが出会いを通じて
幸福にしてもらっているのだなぁと
感じ入りました。
仕事後、友人のNと、
梅田で慰労会をしました。
長い付き合いですが、
二人だけで飲んだことは、
数えるほどしかありません。
せっかくの機会なので
モデルになってもらいました。
今度の日曜日、
読売テレビ朝10時25分からの
「グッと!地球便」という番組で
元長池幼稚園の
鈴木博美先生が取り上げられます。
鈴木先生は長男が年中のときの担任。
アフロヘアのカツラで運動会に登場したり、
野外活動時、全身牛の衣装で出没したり、
はたまた友人の結婚式では
ボブ・サップに扮したりと
大阪で言うところの
「おもろい」先生です。
この番組、
海外で暮らす若者のところへ
親からの土産を携えて取材に赴き
彼の地での生活ぶりと
親からのメッセージを伝える
番組だったと記憶しています。
鈴木先生はドッグトレーナーとして
海外へ雄飛されたそうです。
お時間のある方は、
ぜひご覧ください。
それにしても、一昨日、
母校の大学へ行ったときも、
近々、NHKの取材を受けるとのことでしたし、
おやじネットワークのTさんを
特集した番組も放映されるようですし、
最近、関係各所で
テレビ放映が相次いでいます。
ところで今日は、
選抜出場校の発表日。
福知山成美高等学校が
創部85(86?)年で
初の出場を決めるかどうか
注目されます。
皆様もご注目ください!
①ぼくの父親は、2000年まで高校の教師をしていました。
②ぼくはその高校を卒業後、母体となる学校法人の
創立130周年の記念誌を作成するお手伝いをしました。
③某宗教法人が運営する四年制大学の広報誌を
作成するお手伝いをしました。
④進学情報誌で知られるR社さんで
専門学校さんを10数校担当していました。
⑤母校と同じ学校法人が運営する女子高の
学校案内を毎年作成しています。
⑥長男と次男が卒園した幼稚園の
入園案内等を担当させていただきました。
⑦卒業した大学と同じ学校法人が運営する
幼稚園の入園案内と小学校入学用ポスター
の仕事を担当させていただきました。
⑧R社で担当していた専門学校に
嫁が入学し資格を取得しました。
⑨卒業大学の新館のパンフレットの作成を
担当させていただきました。
⑩昨日も、新しい仕事の打合せで、
卒業した大学に赴きました。
考えるに、
すべて人の縁から発生した仕事ばかり。
縁ってありがたいものですねぇ。
2年連続、長居スタジアムでの開催となった甲子園ボウル。
今年も、忘年会を兼ねて観戦に赴きました。
大学在学中からですから、もう20回は行っているでしょう。
今年から、パナソニック電工さんが特別協賛になり、
大会を盛り上げています。
おそらく、ライスボウルの視察でしょう
スタジアムの外で、
仕事でもお世話になっている
パナソニック電工のKさんとお会いしました。
ゲームの方は、立命館のディフェンス陣がふんばり、
4年ぶりの優勝を果たしたのでした。
1,000ヤードラッシャーの
法政の原君は、
ほぼ完璧に抑えられてしまいました。
試合後、食べ物や飲み物の
持ち込み可のカラオケで忘年会。
同行のIがM氏を呼んでくれました。
IとM氏は、この秋、
ぼくを通じて40年ぶりの再会をしたばかり
(9月20日のブログ参照)。
その後、小学校の同窓会にも出席し、
多くの仲間と旧交を温めたそうです。
大先輩の宮本輝さんに
コピーを誉めていただいたことと並び、
二人を会わせることができたことは、
ぼくの今年のトップニュースです。
きのうの土曜日は、
嫁さんが友人の結婚式に出席するため
早朝から美容院へ行ったので、
朝から子どもたちの朝食(チャーハン)を作ったり、
お米をかしたりと甲斐甲斐しく働きました。
10時前から長池幼稚園でゲルの撤収作業。
おやじメールでの呼びかけに応じて、
多くのお父さん(お母さんも)が
馳せ参じてくださいました。
その甲斐あって作業は1時間ほどで終了。
まるで土俵のような円が残ったゲルの跡で、
子どもたちが相撲に興じていたのが印象的でした。
飛んでもどり、
午後からサッカーへ行く子どもたちの昼食作り。
今日は定番(というかワンパターン)の
トマトソースパスタです。
子どもたちを送り出して後、
長居競技場へ。
アメリカンフットボールXLeague(エックスリーグ)の
ファイナル6準決勝、
鹿島対アサヒ飲料のゲームを観戦するためです。
母校で職員をしている友人の野出が、
先輩でありながら部下でもある青木さんから
チケットをもらったからと誘ってくれたのでした。
青木さんは、追手門学院大学が1部でバリバリの頃の
アメフト部OB。日本代表にも選ばれた方です。
さて、ゲームの方は鹿島が先制。
アサヒ飲料の33番・冨田雅章君が追大のOBとあって、
アサヒを応援していたのですが、
第3クオーター、
鹿島LB山本にインターセプトリターンTDを決められ万事休す。
「もう見られへんかもしれんし」と、
ゲーム前から気になっていた
美人チアリーダーが揃う
鹿島応援席へ乱入。
前列で、チアリーダーの掛け声にあわせて
鼻の下を、いやいや応援を楽しんだのでした。
時々、アサヒ飲料の応援をしてしまうため、
周囲の人にはヒンシュクモノだったでしょう。
ですが、いい経験をさせていただきました。
アメフトの応援をあれほど楽しんだことは初めてです。
鹿島チアリーダー、恐るべし。
あれは、大学3回生の講義のときだった。
講義名は『中国現代文学特講』。
教壇には阿頼耶順宏(あらやじゅんこう)教授(現名誉教授)。
後期最後の授業は、やや早目に終了が告げられ、
先生は学生の顔を見渡しながら、ゆっくりと口を開かれた。
「大学時代は、人生の休みを前借りしているようなものです。
これから社会に出たら、なかなか休めませんし、
様々な困難も待ち受けているでしょう。
でも、絶対に、自殺だけはしないでください。
いくら困っても悩んでも、それだけは止めてください。
少しくらいならお金も貸しますから、その時は連絡してきてください」
4回生も出席していて、
阿頼耶先生とはこれでお別れという者も少なくなかった。
私たち東洋文化学科中国文化学科コースの学生は、
入学した頃から先生に中国語を習っていた。
先生はいつも、ラジカセを下げて教室に入って来られ、
まず「アーッ、アァー、アーァ、アー」と弾むような声で四声を発音された。
そのあとを学生が続く。
そして、教科書を見ながらテープで発音を聞き、復唱する。
先生の体からは、教えることが楽しくて楽しくて仕方がな
い、というエネルギーが出ているようで、
私たちは感化されるのであった。
授業が終わってすぐは、友人同士
「俺ら、もっと中国語勉強せなアカンな」と反省するのだ。
だが、一日の最後の講義が終わる頃には、そんな気持ちもどこへやら。
パチンコやマージャンに現を抜かすのが常であった。
先の話に感動した私は、4回生では先生のゼミに入ろうと考えた。
先生は現代中国作家がご専門だったが、
岩波の中国詩人選集で愛読していたため、
盛唐の詩人李白を選び担当していただくことにした。
当時から粗忽者の私は、
卒論のタイトルを出すとき『李白』と書くべきところを
『季白』と書いて提出してしまった。
先生はゼミ生の前で
「三宅君は李白の李を季節の季と書いて提出してきました」
と言われたあと、
「やる気が希薄でないことを期待しましょう」と絶妙のオチで
ゼミ生の笑いを取られたのである。
「とにかく本を読みなさい」と顔を合わすたびに声をかけられた。
卒論の評価ポイントは、参考文献の数を見る、と公言されていた。
懇意にしている書店に対して「中国と名のつく本は、すべて持ってきてください」
と依頼されていた先生ならではの助言だったように思う。
先生が師事されたのは、中国文学の碩学吉川幸次郎先生。
阿頼耶先生は京都大学卒業後、高校の先生を経て追手門学院大学の
教授となられたそうだ。京大でも教鞭を執っていらっしゃった時期があり、
専任に、との誘いもあったが「先に声をかけてくれたから」と追大を選ばれたと聞く。
今年で大学を卒業して25年になる。
その間、曲がりなりにも書くことを生活の糧としてきた。
幸いにも、先生に借金することもなく、毎日、機嫌よく暮らしている。
これも、追大時代の4年間、
先生の体から照射されるワクワク光線を浴び続けたお蔭だろう。
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